最高裁判所第一小法廷 平成9年(あ)42号 決定 1997年7月15日
本店所在地
東京都千代田区五番町五番地六号
セントラルコマース株式会社
右代表者代表取締役
左近充康雄
本店所在地
東京都江東区東砂二丁目一三番四-五〇三号
有限会社パシフィックインダストリアルインコーポレーション
右代表者代表取締役
左近充康雄
本籍
鹿児島県薩摩郡宮之城町屋地二〇九二番地
住居
東京都江東区東砂二丁目一三番四-五〇三号
会社役員
左近充康雄
昭和一五年四月八日生
右の者らに対する各消費税法違反被告事件について、平成八年一二月九日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件各上告を棄却する。
理由
弁護人久保貢の上告趣意は、量刑不当、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項ただし書により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)
最高検察庁検察官 殿
平成九年(あ)第四二号
上告趣意書
被告人 セントラルコマース株式会社
同 有限会社パシフィックインダストリアルインコーポレーション
同 左近充康雄
右の者らに対する各消費税法違反被告事件の上告趣意は次のとおりである。
平成九年五月二一日
右弁護人 久保貢
最高裁判所第一小法廷 御中
記
第一 原判決は、刑の量定が甚だしく不当であり、刑事訴訟法第四一一条二号に該当し、破棄されるべきである。
一 被告人セントラルコマース株式会社(以下単に「被告人株式会社」という。)及び有限会社パシフィックインダストリアルインコーポレーション(以下単に「被告人有限会社」という。)の双方にそれぞれ罰金五〇〇万円及び被告人左近充に懲役一年六月に処した判決は、明らかに刑の量定が甚だしく不当である。
二 被告人株式会社及び被告人有限会社並びに被告人左近充らの不正還付額の合計は金五二五六万円であるとしている。
被告人左近充に対する量刑は懲役一年六月の実刑である。通常直接税の脱税事件としては、一億円以下の量刑としては、ほ脱率や前科などが考慮に入られている。本件の場合は、一億以下であり、かつ、金額は五千万円を僅かに超える程度である。確かに、直接税と間接税との違いはあるものの双方において国庫に入金されない状態においては同じであり、ことさらこれを強調して間接税であるからこれを重くみる理由はない。それは国庫に入金されなかったのと同じ状態であるはずであるので、ことさら、直接税との違いを強調する理由はない。
被告人左近充を懲役一年六月の実刑とするまでの理由はない。
二 次に、本件の不正還付の態様は、還付申請書に仕入額を記載すれば、それで足りるものである。極めて稚拙にして、簡単な方法で、実現できるものである。なお、本件は消費税法違反の第一号であるので、本件以後添付資料など還付申請の資料が追加変更となったものであることからの手続きの不備は明白である。
消費税におけるこれらの不備は、もとを正せば、インボイス制度をとらず、帳簿方式を採用したことによるものであるが、そうであるとしても、添付資料例えば仕入に関する証拠や仕入に関する帳簿などを添付資料として要求すれば、本件のような稚拙にして簡単な方法では本件を実現できなった筈である。原判決六頁に摘示するように合理性がある制度ではない。私人間の刑事事件であれば、被害者に多少の非がある場合となるものである。その点からして、被告人左近充に対する強い非難は、軽減されるべきである。
三 原判決は、本件が計画的かつ継続的に行われているとしている。複数回に行われていることは指摘のとおりであるが、それは、容易に不正還付が実現したことの結果であって、それをもって継続的であるとの非難はあたらない。
また、計画的であるとの点については、前記のとおり極めて稚拙な態様での行為であり、また、簡単に還付ができる程度のものであり、用意周到に計画することによって実現するような性質のものではない。本件で考えるべきことは、不正還付額をどの程度とすべきかということであって、特に計画的であるものではない。
四 ほ脱率が九割を超え高いことを量刑の理由としている。しかし、ほ脱率は直接税の場合に意味があるのであって、本件のような不正還付請求においてあまり意味のある要素ではない。直接税は、納めるべき税額のうちどの程度納めなかったかが問題となるのは容易に理解できるが、本件のような間接税の還付の場合は、金額のみが要素となるにすぎない。したがって、ほ脱率なる概念や、還付額にしめる不正還付額の割合を出してこれをほ脱率と同じ概念でくくること自体が理由がない。本件が消費税の還付に関する事件として第一号であることから、このような直接税との比較の概念を取り入れたものであろうが、これらは全く理由がない。
五 本件動機は、手形決済に追われて、資金繰りが窮し、やむなく本件の方法を考えて実行したものであり、動機に多少の酌量されて良い部分がある。また、修正申告もなされており、会社が継続すれば返還の可能性もない訳ではないが、原判決の実刑では、その道も閉ざされる。
六 被告人左近充には、これまで前科前歴がなく、まじめに仕事に励みかつ家庭生活も問題なくくらしていたものである。本件不正還付額が金五千万円を超えるにしても、このような前科前歴のない同被告人に懲役一年六月の実刑判決は余りに重い。
以上のとおり、被告人に懲役一年六月の実刑とした原判決は、甚だしく刑の量定が重く、被告人には、執行猶予をもって対処すべきである。
第二 原判決は、判決に影響を及ぼすべきべき重大な事実の誤認があり、刑事訴訟法第四一一条三号に該当し、破棄されるべきである。
一 原判決は、消費税の還付は、当該期の仕入にかかる金額に対応する消費税を還付すべきものであり、当該期に輸出した商品の仕入にかかる金額に対応する消費税を還付する制度であるとしている(原判決四頁)。しかし、法律の解釈が仮に現判決のとおりであるとしても、被告人左近充は、これまで、当該期において輸出した商品の仕入にかかる消費税を還付すべきものであると理解していた。したがって、被告人左近充としては、ソウルの地下鉄にかかる金一九万七一〇〇円については、当該期において売上計上されたものであるから、その仕入に対応する消費税は適法に還付されるものと理解していた。したがって、原判決のとおり当該期に仕入にかかる消費税を還付できる制度であるとしても、被告人左近充には、その部分に関して不正還付の故意がない。
以上のとおり被告人左近充には、金一九万七一〇〇円の部分については、不正還付にあたらないことになる。その点からも原判決は破棄されるべきである。